2014年7月25日金曜日

辺野古にいきました

昨日辺野古にいきました。海兵隊キャンプ手話部のゲート前と、漁港のテント村とです。朝昼晩と24時間の抗議行動とをおこなっています。人数は百名たらずで交代でやってますが、工事資材は次々に搬入されて、来週にも沖合いに侵入禁止の区画を明示するブイが設置される様子です。極めて緊迫する様子です。ひとりでも多くの方々に現地に行っていただかたいと思います。また報告します。

2014年7月22日火曜日

辺野古が心配です

皆さんご無沙汰してます。しばらくあれこれ忙しくしてました。今日は、なんと私の誕生日で、万年齢で68歳なります。沖縄では、数え年がふつうですから、69歳です。数え年とは生まれた時を一歳と数えて、あとは正月を迎えると誰でも一歳年齢を加える方式です。だから、昔の人は、歳をとることを、御飾りをくぐるとか言ってました。正月飾りを、つまり、しめ縄をくぐる意味ですね。ところでアラフォーとか言いますね。なんのいみですか?私も意味がわかりませんでしたが、何か解説があって知りました。アラウンドフォーの意味で、40代の意味だと。そこで私はいままで60代の年齢なので、アラカンつまりアラウンド還暦?とか話してましたら、60代の後半はアラウンド古希でアラコキでしょう、と言われてしまいました。そのアラコキの真っ最中です。
さて、辺野古のはなしです。一昨日の夜中に新たな軍事基地を作る工事地域を外部からの侵入禁止地区にするための、海上侵入禁止地区を区画する、仮桟橋用の大量のブイの搬入がひそかに米軍基地シュワブ内部に強行されました。このブイの設置が終われば、制限地区に、外部からは侵入できなくなり、仮に侵入すれば犯罪として逮捕処罰することができるというわけです。海兵隊普天間基地の代替施設として日米で合意した大切な基地建設を、今回こそ妨害させないというわけです。辺野古基地が完成しないと、世界一危険な普天間が街の真ん中にいつまでも残りますよ、と逆に恫喝されてます。戦後いち早く銃剣とブルドーザーで沖縄の民間の土地を取り上げたて、普天間基地を造ったのにです。代替基地を造って米軍に差し出すのは日本政府のアメリカに対する責任ですから、日米同盟の強化と進化のためには、地元の意見はきいてられない、というわけです。辺野古のある名護市の市長選挙では、今年のはじめに、新たな米軍基地を一切造らせないと訴えてきた稲嶺進さんが2度目の当選を果たしています。しかし辺野古の海の埋め立ては仲井真知事が承認してくれてましたし、地
元名護市漁協は何十億円の補償金で漁業権の放棄を承認してます。だから、合法的に工事はできるというわけです。工事を阻止するほうが犯罪だという理屈です。でも沖縄の多数は辺野古には反対してます。11月には沖縄知事選挙です。仲井真現職が三選を目指してますのに、辺野古反対派は、元来自民党の出の那覇市長である翁長さんにまとまりました。まだ本人は了承してませんが。さてさて辺野古基地を造らせないために、どうしたらいいのでしょうか?せめて、辺野古に10000人が集まり反対の意思表示が必要ですね。その時は全国の皆さんも駆けつけてください。お願いします。またよろしくです。合掌